2014.12.13「街場の経済論1」inハタラクラス公開資料

先日、無事ハタラクラスでの勉強会を終了しました。
参加して頂いた皆様、お疲れ様でした。
昼の部から参加の方は、実に9時間!に渡って時間を共有して頂きました。

夜の部は、前回の復習と、新たに加えたスライド、計101枚という膨大な情報量でした。
ちょっと詰め込み過ぎな感は否めませんでしたけどね(^^ゞ

前回同様、ここで無料公開いたします。
復習にご活用ください。
(なお、引用表記してある部分は、当日の質疑応答からの抜粋です)

私たちの精神構造 社会を動かしているもの 資本主義というもの 株式会社というもの
社会を変えたいと思ったら アベノミクスとTPP 年金について

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街場の経済論1.001

前半は前回の復習で同じスライド使いましたので、ここでは省略します。街場の経済論1.031

TPPは、平たく言えば「税関を廃止して、国際的にあらゆる分野で自由に取引出来るようにしましょう」というものです。通常、国は国家を安定的に維持するために、独自の関税を設けて自国の産業を保護しています。よく話題に出る農業は分かりやすいですね。国民の台所を守る。これに反対する人はこれまで居ませんでした。
ところが、「お金だけで経済を見る」人が増えてくると、お金儲けのためにTPPが必要だ、という流れになってきました。農業でも、「高付加価値農業によって、海外に積極的に売り込め」という話を政府だけでなく農家がするようになってきました。
しかしこれまで見てきたように「お金の秘密」が見えてくると、これがいかに危険なものの考え方か、分かってきます。
経済とは、「必要とされているものが、必要としている人の元へ届くこと」です。

さて、今回は経済の話に加えて、私たちがどういう意識を持ち、それがどう経済活動に影響するのかを見ていきましょう。

街場の経済論1.034

何もスピリチュアルな話をしたいわけではありません。自分の体験から、こういう結論に至りました。

また、ヨーガや仏教、心理学の本にも同様の解説が載っているので、大筋で間違っていないだろうと思っています。僕個人がこういった世界観で動いている人間だ、ということは理解しておいてください。
「表層意識」は「潜在意識」に強い影響を受けていますが、また逆に影響を与えます。逆の情報を表層意識から潜在意識に流すことによって、ある情報から抜け出すことも出来ます。(悪習慣を止めるなど)

街場の経済論1.035中学2年の時に「生物学者になる」と決める。小学校の頃から成績がよく、幼少から親や先生を含め「大学に行くもんだ」という情報を刷り込まれる。知らないうちに「大学に行くこと」が人生の前提となってしまう。人は「前提」を基に行動する。行き詰まった時には、前提を疑うべし。
周りから与えられた「情報」で「自我」を形成するが、自分の中には「それ以外の情報」がある。それは「生後に獲得されたもの」ではなさそう。それゆえに、「輪廻転生」はあると信じている。
また、「自分とは、データを勝手に構築したものにしか過ぎない」ことに気づいた時、ヨーガや仏典にある「神秘体験」をした。(クンダリニーの発現、蟻が背中を這う、プラーナが見えるようになる、頭頂、地に足がつかない、など)

街場の経済論1.036始めに、「自分とはこの肉体である」と思っている人には理解できないでしょう。
ちょっと想像してみてください。
あるきれいなモデルさんがいるとして、その人は自分の存在意義をその「顔の美しさ」と思っていたとして、もし事故でそれが崩れてしまったら、その人は「存在しなくなる」のでしょうか?
事故でなくても、老いればその美しさもいずれは崩れてしまいます。でも、その人はその人です。
体は「自分の物」であっても、自分とは言えない、でしょう。
「そんなことは言われなくても分かっている」と言うかもしれませんが、実際に事故に遭った時に苦しみが生じないでしょうか?「美しい顔」に執着すれば、必ずそれが壊れる時に苦しみが生じます。そのことを「理解する、腑に落とす」ことは私たちが思っている以上に、簡単ではありません。

一卵性双生児は遺伝的に全く同じです。同じ両親の元で育てられれば、教育や環境もほぼ同じと言っていいでしょう。
しかし、人格はもちろん異なりますし、感受性だって違う。その違いは、生まれて来た後に得た情報だけの影響ではないのではないでしょうか。

「輪廻転生」を信じるか信じないか、認めるか認めないかで人生観は全く違ってくる。東洋的思想と西洋的(聖書的)思想の違い。(西洋人でも輪廻転生を信じる人が増えてきている)
あくまで主観的な「体験」なので、信じる信じないは自由。しかし、否定してはいけません。それは「僕のプライドを傷つける」からではなく、否定した人の「損」だから。「分からないものを否定する」ことは「科学的態度」ではないから。

街場の経済論1.037

Aさん
「自分の個性/考え方は潜在意識の情報に左右されている、ということと、客観的、ということは矛盾しないか?」

「客観的になる、ということは自分が自分だと思っていることから解放されることでもあります。つまり、自我が潜在意識の情報であることに気づくプロセスでもあります」

街場の経済論1.038これは記事にも書きましたが、この古い新聞記事との出会いは、まさしく「引き寄せの法則」だといえるでしょう。
このセミナーの直前に、当時は気づかなかった情報が僕の目の前に現れたのですから。

街場の経済論1.039「いい子であった」のも実は情報です。

街場の経済論1.040陶芸家として独立して10年、借金を返すために必死に働いた。ある時、通帳に5000円しかない。月末の支払いは必ず来る。
それとは別にどうしても、3万、いや2万はすぐに必要だ。どうしよう、と脂汗をかいていると、ふらっとお客様がこられ(一見さんですよ)3万円分器を買ってくださった。
こういうことが1度や2度ではない。お金とは限らない。モノであったり、人であったり。
しかし、僕の場合「本当に必要なモノ」しかこうならないみたい。

よく「引き寄せの法則を使ってもっとお金を稼いで、社会のために使うんだ」という人たちがいますが、悪いことは言いませんのでそれは止めましょう。
それこそ、「ドツボにハマる」というものです。
「金持ちの思うつぼ」です。資本主義社会とは、「お金があるところにお金が集まってくる」システムだからです(後で説明します)。

街場の経済論1.041「事故に遭ったのも運命だった」どうしてその時、そこに行ったのか?自分の意思ではないですか?
「偶然が事故から救った」例えば、事故に遭った飛行機に乗るはずだったのが「虫の知らせ」で忘れ物を思い出し、結果的に乗らなかった、とか。これは運命を「変えた」例では?
そう考えれば、すべては「必然」と言える。
仏教で言う「因果の法則(カルマ)」も同じことではないか。
現在の自分は過去の自分の「結果」です。そして、今の自分は未来の自分の「原因」です。
自分の不幸を他者にせい(例えば生まれた境遇、親、教師など)にするのも、未来の自分の「原因」を作っています。
自分の現在を自分の過去の「結果」として捉えられれば、ではそこから出来る最善は何か、と考えていけるはず。そしてよりよい「未来の自分」の原因となればよい。

「人間というもの」をこのように捉えている人間の話、として聞いてください。

街場の経済論1.042

街場の経済論1.043「今回の選挙で、もはや日本も終わった・・・ 」
と嘆いている人が結構いるようですが、そんなことはありません。

今の世の中を動かしているのは、政治ではありませんから。
政治を動かしているのは、経済です。
ならば経済を動かせばいい。

経済を動かしているのは何でしょう?
私たちの消費活動です。
私たちが、日々の生活で自分が使ったお金がどこに流れて、どう使われるのかを真剣に考えて行動しさえすれば、世界は変えられます。

単純に、1億2000万人が1000円を意識して使えば、1兆2千億円の経済効果があるのですから。

たまにある選挙の一票を心配するより、よっぽど現実的です。

街場の経済論1.044「自分はディズニーランドには行かない」という人も居るでしょう。僕も行きません。
が、「私たち」として考えることが実は重要です。

街場の経済論1.045「デフレ不況をどうにかしなければならない。そのためには経済成長が必要だ」と誰もが思っているにも関わらず、私たちは現実逃避のために一日10億円を使っているのです。
例えばアフリカや中東の人たちを目に前にしたとして、「もっともっと経済成長しなければ、困るんです」と僕はとても口に出来ません。今の日本で、きちんと経済が動いていれば、「必要とされているものが、必要としている人の元へ届けられ」てさえいれば、贅沢さえしなければ飢え死にはしません。

街場の経済論1.046「MONSTER」では絵本が重要なアイテムとして登場します。絵本や童話による「刷り込み」によって、子供(純粋な存在)は善にも悪にも成りうる、というストーリーです。
絵本が、「子供向けの本」という体裁をとりながら、実は「悪意に満ちているもの」だったとしたら?という話です。「MONSTER」では人を人として思わないような殺人鬼が生み出されます。
ディズニーランドやディズニー映画は、僕が知っている限り悪意がある、とまでは言いませんが「毒にも薬にもならないもの」だと思います。それは本来のファンタジーの存在意義とは異なります。ですから「もどき」と言っているのです。
「毒に成らなければいいじゃないか」ということではありません。「ファンタジーを求める」人の心理を巧みに利用した商売であり、その結果が「社会的な損失」つまり私たちのストレスや不健康、資源や時間の浪費に結びついている、と言いたいのです。
「モンスター」の「絵本」は巧みに「悪意」が隠されたものですが、「ディズニーランド」はその「真意」がさらに曖昧にされ、分かりにくいものです。

街場の経済論1.047これらが「悪い」と単純に言っているわけではありません。よく考えてください、と言っているだけです。きちんと「現実」を把握した上で、あなたは自分は幸せであると言えますか?自分が幸せになるために、行動していますか?

街場の経済論1.048

街場の経済論1.049

街場の経済論1.050それは飛躍しすぎだろ?自分はただ普通に暮らしているだけだ。それの何が悪いのか?

いいえ、そんなことはありません。私たちが現在の日本で「必要以上に贅沢な暮らし」が可能な一方で、世界のどこかにその犠牲になっている人たちが居る、ということは知っておく責任があります。

街場の経済論1.051

街場の経済論1.052よくアメリカや西欧諸国は「独裁者に支配された第3世界に民主主義をもたらすために、正義の戦争をするのだ」という論理を世論に訴えます。
ところが実際に彼らが「輸出」したいのは民主主義ではなく、資本主義であり、自由「市場」主義です。
イスラム原理主義者たちが、圧倒的な武力の差がありながらなぜあそこまで欧米に対抗するのか?宗教的な理由だけではないと思います。
多くの伝統的な宗教では、「人はいかにその自己の欲望と付き合っていくのか」と言う命題を持っています。もちろん、それはある意味欲望を「抑える」ことでもあります。そうでなければ、この地球上で人類は生き延びていけない、と言うことを昔の人は知っていたのです。
その方法を説いたもの、が本来の宗教でした。ところが、それでは「際限なく膨れ続けなければならない」資本主義社会と矛盾してしまいます。
そこで登場してくるのが、ほとんどの「新宗教」であったり「自己啓発セミナー」「自己啓発本」の類いです。「あなたは間違っていませんよ」「あなたの望むことをおやりなさい」「本当の自分(潜在意識のデータのことですが)を解放しなさい」といって、私たちの欲望を刺激し続けています。
ある程度までは、それで満足するかもしれません。しかし、私たちの欲望にもキリがありません。そして、その欲望を人類全員が満足させることなど不可能です。
自分はそれを求めるが、他人にはそれを許さない、と言えますか?
みんな一緒に、同じように、と思えば今の日本での生活をある程度捨てる覚悟が必要なのです。

街場の経済論1.053

街場の経済論1.054

街場の経済論1.055このスライドは、先ほどのものと全く同じものです。
「共産主義は失敗だった」右寄りの人たちがよくいう台詞です。
しかし、マルクスの主張は未だに効力を持っていることは、上記の点でも明らかです。資本主義の矛盾は既に指摘されていました。
ではなぜ共産主義は上手く行かなかったのか?人類が、それを実現するには今だ「こども」だったからです。制度の問題ではなく、人間の良心と知性の問題でした。
おことわりしておきますが、僕は共産主義者ではありません。が、少なくとも資本主義/自由市場主義よりは優れたシステムだとは考えています。

 街場の経済論1.056

街場の経済論1.057企業の社会的責任(きぎょうのしゃかいてきせきにん、英語:corporate social responsibility、略称:CSR
ちなみに世界初の株式会社と言われる「オランダ東インド会社」の設立は1602年。

仮に私たちが軍需産業や悪名高いモンサント社の株を買ったとしても、その会社の営業行為(つまり戦争やムチャクチャな農薬や遺伝子組み換え作物の製造販売ですね)に対して責任を問われることはありませんし、私たち(投資家)がそれを考えることもありません。
また、株主だからといって経営方針自体に口を出すこともありません。それが資本主義というものです。

街場の経済論1.058

街場の経済論1.059先ほどディズニーランドの例え話で、自分には当てはまらないに関わらず「私たちのこと、として考えることが重要」とお話ししました。それも根は同じことなんです。
それは「余計なお世話」という次元の話でありません。

街場の経済論1.060

街場の経済論1.061

街場の経済論1.062間違っても「お金に対する正しい知識」を、「どうやったらお金を増やせるのか」とか「賢い資産運用」の話と勘違いしてはいけません。
繰り返しますが、「現在の貨幣制度にはメリットだけでなく、デメリットも存在する」ことをきちんと理解し、「お金を増やすこと(借金を返すこと)は私たちの潜在的な欲望を表面化させ、増大させている」ことをしっかりと認識することです。
そうしなければ現実は、近い将来破局を迎えるということです。「そんなことは無い」という希望的観測は、はっきり申し上げますが「自己中で無責任な現実逃避」です

街場の経済論1.063

街場の経済論1.064外資系企業のスーパーではなく、日本企業のスーパーで買い物しましょう。
全国展開の大型店より、地元企業のお店で買い物しましょう。
地元商店街を積極的に利用しましょう。いざとなったら、頼りになるのは顔の見える信頼関係です。
原則的に、地産地消をこころがけましょう。多少高くても、身近で使ったお金は自分のところへ戻ってきます。が、外に出たお金はなかなか戻ってきません。
1億2千万人が、1000円を使うのに以上のことを心掛ければ、単純に考えても1兆2千億円の経済効果があります。
同時に、これまで観てきたように「本来必要のない、過剰な消費活動」は控えることも重要です。
要するに、多くはないお金であっても使うところを間違わなければ、私たちの生活を脅かすほど景気は悪くはならない、ということです。

街場の経済論1.065お金を稼がなければ、納税もしなくてよいのです。
納税するな、とは言いません。しかし、「憲法すら無視する、今の政府は信用できない」と思うのであれば、納税しない(脱税はいけません)ということも一つの意思表示です。
(とは言っても、いくらかでも買い物をすれば消費税を取られますけどね)
健康保険も収入に応じて収めればよいので、心配いりません。
なによりも、お金が無ければ「過剰な消費」をしませんので、健康になります(笑)
結果、医療費がいらなくなります。

街場の経済論1.066

街場の経済論1.067

街場の経済論1.068

街場の経済論1.069私たちの人生は、私たちの選択の結果です。そして、現在の私たちは未来の私たちの「原因」です。
世界を動かしているのは、誰でしょう?
陰謀論なんて、他人のせいにしちゃいけません。
世界は、私たち自身の「選択の集積」です。
「私たちがそう望んだから」今の世界があるのです。
私たちがそう望まない限り、私たちが選択しない限り、世界は変わりません。

資本主義とは、簡単に言えば「資本を増やす」ことのみを目的にした社会です。
それは「増えるお金=借金」とセットです。
それは「消費を促す=私たちの欲望を増大させる」ということです。

つまり、
私たちが自分の欲望に必要以上に捉われている限り、絶対に世界は変わらない
ということです。

講義中の質疑応答から:「欲望と向き合っていくことが大事なのに、その欲望に素直になりましょうイコール自分を解放しましょう、と啓蒙している人が多い」
「60年代の終わり位から、同じような活動があった。」
「伝統的な宗教は、欲望とどう向き合うか、を根本としている」

Tさん「欲望を否定するのは違うと思う。お金に執着していることが問題なのではないか?例えば、自分を成長させたいという欲求も否定されるのか?あるいは、お互いの欲求がマッチしさえすれば問題ないのではないか?」
「否定しないまでも、程がある、ということ。増えるお金を使うことによって、そのタガを外している。」

補足すれば、抑制する必要があるのは、物質的な欲望であり、人間関係を破壊するような欲望で、精神的な成長を臨むものはその限りではない、というところでしょうか。

Aさん「行きたいところに行く、ということは現代社会では抑制した方がいいのでは?市場は活性化するだろうが、大量の資源を使っている」
Tさん「今の時代はそうだろうが、テクノロジーの問題では?将来それが解消される可能性もある」

とは言っても、今のところ希望的観測にしか過ぎません。

Oさん「自然環境の破壊とも経済活動が密接に関わっている。野村生涯教育センターでも同じように教えている。」

Kさん「納税者一位である斉藤ひとりさんも太田智子さんも同じ様なことをおっしゃられている」

街場の経済論1.070

私たちは、消費者としての社会的責任について、もっと真剣に考える必要がありそうです。

街場の経済論1.071

街場の経済論1.072

街場の経済論1.0732013年に、麻生副総理がワシントンで「水道事業の民営化」について話をしたことがありました。学校の民営化についても言及しています。言うまでもなく、これらは「社会の共通資本」です。それらを民営化するということは、すなわちその運営が「お金を増やすことが至上主義になる」ことを意味します。「そういうアイデアも政府の中では上がってきている」というつもりだったらしいですが、そもそもそんな話が出てくること自体、おかしいとは思いませんか?
この流れは「小泉・竹中政権」時代から引き継がれてきたものです。
ちなみに「送電網(電柱、送電線、変電施設)」も社会の共通資本だと思います。だって、私たちの電気料金で作られたものですから。


「社会的共通資本」は経済学者宇沢弘文が唱えた概念。

街場の経済論1.074「消費社会と家族の解体」にも関連しますが、歴史的にフェミニズムは「我々も弱肉強食である男性社会へ参加させよ」と主張してきた、とも言えます。
その結果、家庭には母親が存在しなくなってしまった。家庭崩壊の遠因となり、少子化にも繋がる結果となりました。また、女性の晩婚化も進み、優秀な女性ほどその傾向が強いわけですから、優秀な遺伝子もまた減っていることになります。
女性だろうが男性だろうが、好きな職業に就く自由はありますし、主婦の仕事が「カネを稼がないから」という理由で蔑まされていいわけがありません。
しかし、その上で特に女性には「お金を稼ぐこと」の意味をよくよく考えた上で、人生を送って頂きたい。
フェミニストが社会における「男性との機会均等」を求めるならば、それは「女性の男性化」を訴えるのではなく、「資本主義社会が何でもかんでも「お金」に換算するのであれば、家事労働や育児も同じように評価すべきである」と主張すべきだったのです。

街場の経済論1.075

街場の経済論1.076シューマッハーも指摘していますが、ケインズ自身もその主張を「とりあえずの間」であると言っている、としています。
経済成長が平和をもたらすまでの期間、「悪徳も美徳とされる」と言うのがケインズの考えでした。
今では当たり前のように行われる公共事業も、ケインズが最初に唱えたものですが、これもケインズ自身「戦後など、壊滅的な状況から回復するための応急手段」と言っています。
ところが、これまで観てきた通り、「悪徳」こそが資本主義社会の原動力なのです。
もしケインズの理想通りに社会が動こうとするならば、「既に平和が達成されているはず」の先進国は「悪徳」を捨て、「経済成長」を後進国に譲るべきなのです。

街場の経済論1.077

街場の経済論1.078

街場の経済論1.079

 街場の経済論1.080

街場の経済論1.081

街場の経済論1.082僕の話も、決して鵜呑みにしないでください。
必ず自分で考えること。それを習慣にしてください。

街場の経済論1.083例えば、配偶者を選ぶ条件の上位に、「経済力」があります。それは異論はあるでしょうが「お金を愛で買っている」のです。
それが悪いと言っているわけではありません。
が、「公務員で安定しているから」とか「若くてやり手の社長だから」と考えて結婚し、浮気されても相手をそんなに責めないことです。「そういう相手」を自分で選んだんですから。
「信頼」や「誠実」や「知恵」よりも、「お金」を優先したのではないですか?自分の選択/価値観を反省しても、相手を責めることにはならないはずです。(だからといって、浮気した男性の肩を持つつもりも、さらさらありませんが)
もちろん、逆のパターンもあるでしょうが、逆の場合はお金に対する視点をちょっと変えることでどうにでもなりますよ、という話を今日はしています。

街場の経済論1.084「安全で快適な」山行にするためには、まずは「私たち自身」の「体力や技術」が万全であり、そして「道具」をきちんと使いこなす必要があります。
「道具」の中でも最も重要なのが「登山靴」です。
日頃の不摂生が、体力の衰えや技術の退化となりますから、普段からの地道な努力が必要です。
また、いい道具はメンテナンスをしっかりしていれば、何年でも快適に使えるものです。
山は裸足で登れないわけではありませんが、いい靴があれば快適であることは当然です。
しかしこれもまた、「使いこなす」ためにはそれなりの知識と経験がいるものです。

その二つがそろって初めて、「安全で快適な山行」になります。

山で事故が起きるとき、そこには必ず「過信」があります。「山はただそこにあるだけ
「大丈夫だろう」「せっかく休暇とそれなりのお金を使ったし、それを無駄には出来ない」といった「損得」「感情」によって、現状を客観的に把握できなくなり正しい判断が出来なくなってしまいます。
それはいくら「いい靴を履いていても」起こってしまいます。

また、体の変化(ここで言えば心、社会の成熟度の変化、といってもいいでしょうか)に伴って、それにあった靴に履き替える必要も、時には出てくるでしょう。
「合わなくなった靴」は、「安全で快適な山行」をもたらしてはくれませんから。

また、「体の鍛え方(心の鍛錬)」には、例えば登山の最中で何らかのトラブルで靴が履けなくなっても、少々速度が遅くなっても、快適さが損なわれても、裸足やサンダルなどでも歩けるよ、というのもあり、なんではないでしょうか。
自分の「体力と技術」さえしっかりしてさえいれば、なんとかなる。生きていける。
要するに、あらゆる場合に臨機応変に対応できれば怖いものなしですから。
それが「知恵」というものです。

僕が申し上げたいのは、「心の問題」と「お金(の制度)の問題」は、同じ山頂を目指す別の登山口、というより「同時に活用してこそ」「安全で快適な」山登りを約束してくれるもの、ということです。
その時に、それまでの日常の地道な努力を含む苦労が報われるような、素晴らしい景色に出逢えるのではないでしょうか。

次に、アベノミクスとTPPについてみていきたいと思います。

街場の経済論1.085

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街場の経済論1.087実はこのスライドは、ちょうど1年前の勉強会のために用意したものです。
1年後の現在、いかがでしょうか?

2014年12月1日、アメリカの格付け会社ムーディーズは日本の国債の格付けを1段階引き下げました。
中韓を下回る結果となりました。
もちろん、これは消費税増税の延期による財政不安を反映したもの、ですが何も税収を上げるのは消費税でなくてもいいわけです。
安倍政権は消費税増税のみを謳い、法人税や累進課税の強化には言及していません。トリクルダウン効果を期待するならば、それらこそ実施するべきであり、格差の拡大を懸念するならば所得の再分配に配慮し、消費税廃止、贅沢税の導入を実施すべきです。

街場の経済論1.088右の表は上から「対日輸出入品目」「参加国との対日貿易収支」下は「2012年の輸出相手国上位10」
「GDPの比較」は一つの目安。人口にも注目する必要がある。
オーストラリア相手では貿易赤字が大きい。輸入品目を観ると工業原料が多いが、TPPによって農業もかなりの規模で多くなると予想される。
政府は公約を無視してまで、いったい誰の利益のためにTPPをやろうとしているのか?

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