2014_04_19ハタラクラス「お金との上手な付き合い方」」

先日、初めて綾を飛び出しての勉強会を開催させていただきました。
これはその時の記録です。

このページ内のアンカー:当日の記録 お金って何だろう? お金の役割 価値の尺度 交換の手段 価値の貯蔵 お金のひみつ お金の捉え方 もっと現実をよくみろ、と言われたら 参考文献 Q&Aフリートーク

◎テラコハウス(寺子家)とは?
新しい働き方や暮らし方を実践している方を担任の先生としてお招きして、そのノウハウを生徒の皆さんにシェアしてもらう、現代版寺子屋企画です。
今回の担任:興梠 智一(通称:やそいちさん)

授業内容: 長く幸せに一緒に暮らすには、まずはお互いを知ってから。 つき合い始めは「あばたもえくぼ」でも、3年も経てばいろいろと見えてくるもの。最初は許せたことでも、だんだんと鬱陶しくなり、冷たく当たったりしてませんか?
お金との関係は、なかなか一筋縄には行かないものです。 そんなマンネリな関係も、あなたが変わればきっとバラ色に変わります。あなたが変わることで、相手もきっと変わります。世界も変わるからあら不思議。
人生の酸いも甘いも経験した大人ならではの、お金の話。 お金のことをよりよく知ることで、いい関係を保てます。
決してお金に困ることのない、余裕ある楽しい人生を送りたいあなたのお手伝いが出来れば幸いです。

【主な内容】
・お金のスッピン画像~素顔のままで
・お金の性格分析
・お金のひ・み・つ
・さあ、やってみましょう!入門編
・ビットコインは天使か悪魔か?

日時:4月19日(土)19:00~
場所:ハタラクラス(宮崎市中村西2-2-41 松田ビル3F) 定員:20名 参加費:ハタラクラス月会員: 500円           非会員:1000円
※※※※※今回、やそいち先生からのご要望で、先生へのギャランティーはこの中に含まれておりません。 授業終了後に投げ銭箱を用意しますので、生徒の皆さんの収入や満足度などに応じてお金を入れて頂けましたら幸いです。※※※※※
交流会:授業終了後、担任を囲んで給食を食べます。
参加の場合は別途500円いただきます(食事あり 交流会のみの参加は1000円になります。
宿泊:交流会参加の方はプラス500円で宿泊も受け付けております。
お問い合せ:080-3476-8163(とごえ)
《担任プロフィール》 興梠 智一(通称:やそいちさん) 陶房八十一(やそいち)代表 1968年 小林生まれ延岡育ち 延岡高校、岡山大学理学部生物学科卒 青春時代がそのままバブルの盛衰とリンクする「シラケ世代」 「最後の売り手世代」にもかかわらず就職する道を選ばずインド放浪へ。 繋ぎのつもりで1年続けたペンキ屋さん時代に職人に目覚め、陶芸の道へ。 有田、唐津での修業を経て1999年 綾町宮原にて独立開窯。 独立資金としての借金返済に明け暮れ、町興し活動にも積極的に参加する。借金を無事返済するも体調を崩し、リーマンショックの影響から、以前から抱いていたお金に関しての疑問をとことん突き詰めることを決意する。 商工会青年部主催で地域通貨勉強会を行ったり、来るべきパラダイムシフトに向けたイベント等を主催する。 東日本大震災と福島原発事故によって自分の視点が揺るぎないものとなり、「案内人システム」と「地域通貨」の導入を夢に、毎月地域通貨の勉強会を主催し、今回で18回を数える。 元綾町商工会青年部部長 現綾町商工会理事

​《お願い》 ①授業開始は19時です。遅くとも5分前までには入室をお願いします。 ②お車でお越しの方は、会場から徒歩3分の場所にあるシェアハウス「ミヤザキ村Coming館」の駐車場に停めてください。 住所はこちら↓ 宮崎市淀川3-1-8(味良ホルモンの3軒隣、2階建ての赤い屋根のおうち) ②交流会参加・ご宿泊をご希望の方は、お手数ですが事前にお知らせください。

※※※※※※※※※※※※※※当日の記録※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

注意:録音を元に文字起こししてあります。理解しやすいように、私や皆さんの言葉を適当に文章を変えている部分もありますし、要約している部分もあります。ご理解ください。

戸越:「学校を通して社会で生きていく力を付けなければいけないはずなのに、一番大事なお金のことだったり、人とのコミュニケーションのとり方など、と言った部分がなおざりになってしまっている。その教育を受けずに大人になって苦しんでいる人が自分を含め大勢いる。今からでも遅くない。取りこぼして来た知識をこの場で皆さんと共有したい。テラコハウスは今日で4時限目。」

興梠:「今日はあえて座談会的な座席の配置にした。なぜなら、皆さん自身で、お互いの顔を見ながら考えていただきたいから。」
「最初に聞きたいのは、「お金は欲しいですか?」
買いたいものがあるから、お金が欲しいのだと思うが、それは「生きていくために必要なものなのか」
あるいは「必要とまでは言えないが、将来の自分の役に立つ物(こと)」なのか、あるいはそういう訳ではないんだけど、とにかく欲しいんだ、というものなのか。
そういうことを少し頭の中に思い浮かべながら、話を聞いて欲しい。」

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よく「ネガティブな話は聞きたくない」という人がいます。「物事をネガティブに捉える」ことと、「事実を長所だけでなく短所も含めて観察し、受け入れる」こととは本質的に違います。 ​自分の嫌なこと、都合の悪いことを無視する態度が通用するほど人生は甘くないですし、そんな人に世界は優しくはありません。

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参加者に聞いてみました。
「お金って何だろう?」

1.お金が無いと、生きていけない。

tk:お金って何だろう、と言うより、お金と自分の関係の話ですね?

1.少なくとも日本では生きていけない。

tk:ではどこだったら生けていけますかね?

1.物々交換とかでやっているところみたいな・・・

tk:そういうところはどこにありますか?

1.南の方・・・?

tk:南の島?みたいな?

1.あったらいいなあ。

tk:もしそういうところがあったら、住んでみたい?

1.住んでみたい。お金に振り回されたくない。

tk:お金に振り回されるくらいだったら、物々交換でもいいと?

1.はい。

2.一万円を作る時に掛かる費用は、21円です。

tk:1万円の原価は21円、ということですね?要するに、1万円というのは、21円の紙切れにしか過ぎない訳ですね。

2.1円玉は、作るのに2円掛かっています。

tk:実は1円玉の方が、高い訳ですね。

2.つまり、皆が使うから、と言うか「これは一万円の価値がある」と皆が信用しているから、21円の紙切れが1万円として流通できる。

3.働くことでお金が得られる。

tk:自分の労働に対しての 報酬、ということですね?ということは、それはお金じゃなくてもよい訳ですか?

3.うーん・・・、もしそれに代わるものがあれば?いいかな・・・

4.僕が思うのは、お金持っている人、例えばプロ野球選手とか、喜ばせる人が多い人が、大金を手にする、というイメージ。

tk:その人の行為なり、存在によって喜ばせる人が多い人が・・・

4.器の大きい人が、手に入れるお金が多い。

tk:なるほど・・・難しいな。器が大きくても、世間から評価されない人もいる。世間からきちんと評価されるラッキーな人は、それなりの対価を得られる、と。

5.価値と、交換できるもの。
tk:価値って?
5.要するに商品やサービス。

教科書的なお金の説明。
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価値の尺度
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例えば、ディズニーランドの1日チケット大人6400円。6400円分の食料と水と比べてどうだろうか?もちろん、「それだけ稼いでるんだから、何が悪いんだ」という人もいるだろう。石油は使ってしまえば、それで終わり。(ちなみにディズニーランドの1日の売り上げ,ネットで調べたところ「7億4千万円/日」あるいは10億円という説あり)
それらを同じ土俵の上で、同じ評価単位で判断していいのだろうか?

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市場価値で考えた時、八十一の器は「市場価値のないもの」となってしまう。多くはないものの、八十一に価値を見いだしてくださる方が居るので、なんとかやっていけるが。市場価値を上げようと思っても、100円には出来ない。100円の器が存在するからくり、というのも当然ある。2000円には2000円の意味がある。そう言った判断の手間を、お金を使うことによって私たちは無意識に省いている。

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「お金」を使うことで、商品の「評価」の手順を省いている、つまりその社会的背景、ひいては他者への評価、理解の機会を自ら放棄している、とも言えるのでは?その結果、他者への関心が薄くなっているのでは?
言うまでもなく、社会というもの、構成員同士の信頼がなければ成立しません。

交換の手段
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土産物の話は極端だが、自分は野菜を持っていて魚が欲しい。魚を持っているaさんとbさんがいたとして、aさんのことは知っているけどbさんのことは知らない、という場合。まずはaさんと取引しようとするはず。
しかし、bさんの魚の方が欲しい、という場合には、まず、bさんってどんな人だろう?ということから始まる。ああ、こういう人か、じゃあ取引しようか、と信頼関係が出来て初めて取引が行われるはず。
お金を使うにしても本来、信用できる相手と取引は為されるもの。
最近では、「生産者の顔の見える野菜」として売り出されることも多い。これは、お金を使うことで社会的背景を無視していることへの反動(=安心安全)では?

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見知らぬ相手から原価21円の紙切れを渡されても、私たちはそれを1万円の価値のあるものとして交換してしまう。それは何を根拠に、その行為を行っているのだろうか?なぜ人よりも、その紙切れの方を信用しているのだろうか?その信用の根拠は?
政府が発行しているから?では、あなたは政府の代表者である安倍さんを個人的に知っていますか?あるいは、現在日銀総裁である黒田さんが人格を含めどんな人物なのか、知っていますか?
国と政府は違うもの。日銀と政府も別物です。 (国とは、「国土と国民」のことであり、「政府」とは「運営機関」である、とここでは定義します)

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私が一番訴えたいこと。それは「経済とはコミュニケーションです。」

価値の貯蔵
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tk:あれ?と思った人はいませんか?
1.インフレやデフレでお金の価値は変化する。だから蓄えたとしても、それが将来に渡って同じ価値であるかの保証はない。
tk:その通りです。

実体経済とは、現実に私たちが必要としているものやサービスのこと。時間が経てば、食べ物は腐り、金属は錆びます。

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本来お金は取引を円滑に進めるための道具にしか過ぎない。物々交換だけでは大変だから、もうちょっとスムーズにしましょう、という目的に使われるもの。
ところが現代社会では、その道具であるはずのお金の方が価値があるものとなってしまっている。価値の逆転が起きている。なぜそうなってしまっているのか?ということを考えないと、いつまでたってもお金の問題は堂々巡りとなってしまう。
「経済」は本来お金の流れの話ではありません。経済とは「必要とされているものが、必要としている人のもとへ届く」ことです。経済をお金の流れで捉えようとするから、おかしなことになるのです。

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キュウリの喩えは、本当に原則的な話。しかし、原理原則を忘れないことは大事。

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アベノミクスが社会の借金を増やす?

お金のひみつ
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100枚しかお札がないのに、105枚返せる訳がない。
1.お金を増やせばいい
tk:偽金でも刷りますか?(笑)
2.借金をする。
tk:そうですね。法的に「円」を創りだせるのは日銀だけですから、日銀から、借金を続けなきゃいけない。永遠にこれが繰り返される訳です。

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この図をよく見ると分かりますが、国の借金である「国債」は、政府の借金ですがそれは私たちの借金でもあり、銀行によって私たちのお金(預金)を使って買われています。そして銀行はそこで儲けを出している訳です。
銀行は、何の生産もしていない。人のお金を右から左に動かしているだけ。
「資本主義」とは、お金がお金を生み出す仕組み、ではなくお金があるところにお金は集まる仕組み。株式会社は株主の利益のために存在している。

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ODA(政府開発援助)を調べてみてください。表向き(学校の授業など)では日本政府が行う発展途上国への支援、となっていますが、原則円借款です。円借款とは、円で借りたお金を円で返す、ということです。
当たり前のように聞こえますが、「為替」というシステムの下では、「強い円」で借金を返さなければならない途上国にとっては不公平なもの、です。また、「長期の低金利」であっても借金に違いはありません。
つまり、「緩やかな植民地政策」とも言えるのです。
また、日本が長年に渡って「資源を加工して高性能の機械を販売し、経済大国となった」背景には、原料の鉱物資源やエネルギー原料を「安く大量に」手に入れられたから、であることは無視できません。それはなぜ可能であったのか、をよく考えてみる必要があります。
中国、ロシア、東アジア、インド、ブラジルなどの新興国の台頭は、それまでの資源輸出国に、人件費の高騰した先進国から企業が流入した結果ですが、それは「資本の移動」があったからです。要するに、お金を増やそうとすると、これまでの先進国ではその余地が少なくなったために、「お金が地(血)を探してさまよった結果」です。「余地」とは何か?「安くで買って高く売る」商売の基本です。

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今、世界がお金の問題に直面している原因は、お金のデメリット(増えるお金)に目を向けることではっきりと理解できる。お金の矛盾があるために、こうなることは明らかであり、当たり前のことである。

お金の捉え方
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お金は単なる道具ですが、私たちの労働の対価でもあります。そういう意味ではエネルギーという表現も間違いではないでしょう。

一方で、ここには「私たちの欲望が(を)投影されるもの」という隠れた意味もある気がします。
お金に金利があるために社会は常に経済成長の義務を負っていますが、それは私たちの消費欲求をひたすらに刺激し続け、欲望を増大させていることを意味します。

言うまでもなく、それは現在のあらゆる社会問題の最大の原因となっています。

もっと現実をよくみろ、と言われたら2014_04_19ハタラクラス.030

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現代病の主な原因はストレスでは?
ダイエット食品というものがある。それを買うということは,余計に太っていると言うこと。余計に太っていると言うことは、無駄なお金を使っているということ。無駄なお金を使って太って、またお金を使ってダイエットする。はじめから太らなければ、無駄なお金を使わなくていいし、その余計なお金を稼ぐためのストレスも軽減されるはず。
そういうことを考える余裕さえ、無くなっている。

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「知っている」ことと、「腑に落ちている」こととには雲泥の差がある。腑に落ちていれば、必ず行動に移す。

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とにかく大事なことは、自分で考えること。

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「シルビオ・ゲゼル」という経済学者が、「腐るお金」というものを提案しています。簡単に言えば、ものが腐るのであれば、お金も時間と共に価値が減少すれば、その矛盾は解消されるであろう、というものです。実際に、第一次世界大戦後、世界恐慌時のオーストリアのヴェルグルという町で、成功した事例は「ヴェルグルの奇跡」として有名です。
また、「お金が腐る」ということは、「ババ抜きのババである」ということですから、貯められることなく流通を促す、ということです。アベノミクスとは全く逆の発想です。

参考文献
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シューマッハーは「仏教経済学」という言葉を使っている。よく仏教やヨーガの本を読むと、心の状態を湖面に例えてある。客観的に物事を観察できる心の状態を「波ひとつない湖面」に例え、そこには物事が鏡のように映し出されるが、「欲望」や「感情」によって波が立つと、現実が正しく映し出せなくなる、と言うこと。シューマッハーのいう「智慧」もこのことを指している。

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長年日銀に勤められた岩村さんが、今後最も将来性の高い経済論として「ゲゼル理論」を挙げている。「お金入門書」としてもお薦め。また、「明日、ハイパーインフレが起こるかもしれない」と警鐘を鳴らしている。決して煽動的な内容ではない。「いつお金が紙切れになってもいいように」準備しておけば、備えあれば憂いなしである。

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エルンスト・フリードリヒ・シューマッハ(Ernst Friedrich "Fritz" Schumacher、1911年8月16日 – 1977年9月4日) は、ドイツ生まれのイギリスの経済学者。ケインズに師事した。イギリス石炭公社の経済顧問。
長年の石炭公社の勤務経験と経済学者としての分析から、石炭及び、その代替燃料としての石油の枯渇を予測し、原子力の利用についても警鐘を鳴らした。
1973年に刊行された『スモール イズ ビューティフル』は、その中でエネルギー危機を予言し、第一次石油危機として的中したことで世間の注目を浴び各国語に翻訳された。同書はen:The Times Literary Supplementにより、第二次世界大戦後に出版された書籍の中で、世界に影響を与えた100冊に選出された。

岩村充 1950年生まれ早稲田大学大学院 商学研究科ビジネス専攻(早稲田ビジネススクール)教授 東大経済学部卒 1974年日銀入行 1996年日銀企画局兼信用機構局参事

ミヒャエル・エンデ 1929年11月12日 – 1995年8月28日)は、ドイツの児童文学作家。父はシュールレアリスム画家のエドガー・エンデ。日本と関わりが深く、1989年に『はてしない物語』の翻訳者佐藤真理子と結婚している。
1945年 – 16歳の時、疎開した14~15歳の少年が軍に徴兵され、一日訓練を受けた後、前線に送られ、初日に学友3名が戦死する。ミヒャエルにも召集令状が来たが、彼は令状を破り捨て、ミュンヘンまでシュヴァルツヴァルトの森の中を夜間のみ80km歩いて、疎開していた母の所へ逃亡。その後、近所に住むイエズス会神父の依頼でレジスタンス組織「バイエルン自由行動」の反ナチス運動を手伝い、伝令としてミュンヘンを自転車で駆け回った。

藻谷浩介 1964年6月18日 – )は、日本総合研究所調査部主席研究員、地域エコノミスト。山口県周南市出身。 東大法学部卒 1988年 日本開発銀行入行 1994年 コロンビア大学経営大学院修了 2007年 日本政策投資銀行地域振興部参事役 『里山資本主義 日本経済は安心の原理」で動く』が反響を呼び、発売3ヶ月で16万部を突破、作家の佐藤優や歌手の加藤登紀子が推薦し、首都圏だけでなく本の舞台となった中国山地など全国で売れている[8]。 藻谷が唱える里山資本主義は、「お金が乏しくなっても水と食料と燃料が手に入り続ける仕組み、いわば安心安全のネットワークを、あらかじめ用意しておこうという実践」である[9]。藻谷は安心のネットワークとお金が地域内を循環するのが「さとやま」であり、これが未来をつくるサブシステムであると述べている[10]。ただし、里山資本主義は、マネー資本主義の否定では決してなく、都会よりも田舎暮らしのほうがいいという単純な話ではないとしている[11]。また、藻谷は「里山資本主義の考え方は、現在のマネー経済だけでなく、日本社会が抱える地域の過疎化、少子化と急激な高齢化という問題を克服する可能性も秘めている」と述べている[12]。 藻谷は「普通に真面目で根気のある人が、手を抜きながら生きていける社会が、里山にはある。里山の暮らし方は世界に通用する」と述べている[7]。 wikipediaより

「Q&Aフリートーク」
1.ビットコインとは?
tk:中央銀行券とは別物、という意味では地域通貨のひとつ、という捉え方も出来る。

2.「経済とはコミュニケーションである」という言葉が、今大学での授業の内容(経済学と国際関係)と自分の中でリンクして理解できた。

3.経済はコミュニケーションということで、経済の範囲を狭める(コミュニティ経済)、と。そうなった時に、お金の格差が、コミュニケーション能力の格差にならないか。
tk:日本全体での経済の場合よりも、コミュニティ経済の方が格差は出にくいのではないか?
学術的な根拠はないが、一日で歩いて行ける範囲(30~40キロ圏内)である程度の自給自足経済を考えていく方が、生理的に合っているのではないか。
人付き合いの上手い下手にも、お金の問題が絡んでいるケースも多々あるのではないか。

4.地域を地理的に狭い範囲に限定しなくてもいいのではないか?ネット社会によって、自分と合わない相手と無理につき合う必要もなくなって来ている。自分と合う相手との経済がネットを介して可能だ。
tk:2つ問題点がある。それを可能にしているのは、高度に発達した現代の物流システムの存在。それを資源面で考えた時に、これからも果たして維持できるのか。
もうひとつは、合わない人と無理してつき合う必要はないが、それが社会であろう。自分だけでなく、その人たちを含めての社会である。互いを受け入れる、存在を認めることが大事。そのためのコミュニケーション。
地理的にコミュニティの概念を語ったのは、実体経済を考えているから。

4.コミュニティ内だけで賄えないものは、外部との経済活動が必要では?
tk:当然、そうでなければ現実的には不可能だろう。その場合に地域通貨ではなく「円」で取引すればよい。
基本的にコミュニティ内で廻していこう、という価値観を共有することで原理的には好景気不景気はなくなるだろう。そうすれば将来に対する不安も減るはず。そうなれば、余分なお金を貯め込まないはず。

5.普段から地産地消を心がけている。一番の印象に残ったのは、「自分のお金がどこに流れてどう使われるのかを考える」。今、意識的になっていることだった。
tk:素晴らしい。衣食住とエネルギーさえ、地産地消できれば何の心配もない。
本当は、自分たちが住んでいる土地でどれだけのエネルギーが産み出されるのかを把握した上で、生活設計しなくてはならない。

6.若者の就労支援をしていた。話を聞いているのと、どちらが豊かなのか分からなくなってくる。そこにはいろいろと「個性的」な人たちが集まってくる。普通は、学校で広く浅い平均的な教育を受けて大人になるが、中には一分野に限って得意とする人たちもいる。世間では「障害者」と評されることもある人たち。そういう人たちももっと簡単に仕事に就ける社会になるといい。
tk:全くその通り。お金の問題が解決することで、そういう流れになるといい。

7.ファイナンシャルプランナーをしている。自分にとって必要なお金は一体どれだけなのか?それが100万円なのか1億円なのか。ということを、真剣に考えるべき。
tk;全くその通り。シューマッハーが言うように、「足るを知る」ということにつきるのではないか。

戸越:私たちは余りよく考えずに給料を受け取ったり、税金を払ったりしている。しかし、生きていくために本当に必要なお金って、どれくらいだろう、と考えることが大事ではないか。入るお金の心配をするよりもまず、出るお金を考えることを、気をつけてみたい。

高度な消費社会である現代社会では、「最後の選択権」は我々消費者が握っている。例えば、郊外型の外資系ショッピングモールではなく地元の商店で買い物をする。単純に、1億2000万人が1000円を地元に落とすことを意識すれば、1兆2000億円の効果が生まれる。
自分たちで考え、お金を使うことで社会を変えることが出来る。そのためにはお金の仕組みを理解し、自分のお金がどう流れて何に使われるのかを考え、日々の生活を送ることが大事です。そのためには、客観的に物事を見ることの出来る「智慧」を身につけましょう。そのためには、「湖面のような心」自分の欲望や感情に簡単には振り回されないことを心がけましょう。

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