「それは森から始まる〜新たなパラダイムを指向して〜」1
現在、世界は急激な変化に直面しています。世界を震撼させたあのテロ事件以来、大国のなりふり構わない侵略行為とそれに追随する先進諸国の構図はもはや理性や正義を通り越し、しかしその先進国の間でも、「新世界秩序」と呼ばれたグローバリゼーションの結果、大銀行が低所得者相手にサラ金まがいの商品で失敗した余波が、我が国のみならずEUはじめ世界各国の金融を混乱させています。いわゆる「サブプライムローン問題」です。そして、田舎で細々と暮らす我々の慎ましい暮らしさえ脅かしています。
株や為替のいわば実体のない取引に一喜一憂する我々の不安は、一体どこから来ているのでしょうか?
社会を運営していくうえで最も重要ファクターに、食料とエネルギーがあることは言うまでもありませんが、現在の日本では、どちらも海外に非常に高い率で依存しています。日本を滅亡させるのに、核爆弾は必要ありません。私が小学生の頃、30年前から考えていることですが、日本の海を封鎖すればいとも簡単に日本人は滅びてしまいます。
子供にも分かる、単純なことです。
しかし、日本はどちらも具体的な対策を取って来なかった。それは政府の責任だけでなく、それを容認して来た我々国民の責任でもあります。
2008年に入って、中国からの輸入ギョーザ問題は私たちを震撼させました。そのことは、結果としていかに我が国の台所が海外、特に中国の安い食料に依存しているか、我が国の食料自給率がいかに低いのかをあらためて実感させたのです。
食料自給率の危うさは何も今に始まったことではありません。30年以上前から40%位だったのです。ちなみに宮崎県は60%だそうです。もちろん、算出方法は検討する必要があるでしょう。例えば生産量の中に商品にならずとも食することは可能である食物が入っているのか、あるいは食することが出来るに関わらず捨てられているものが入っているのか。大量に食料を無駄にしている普段の食生活を見直す必要もあるでしょう。少なくとも、食べるに困らない社会は我々ひとりひとりの普段の努力から創られることも間違いありません。
エネルギー問題も、昔にそのまま戻ることは出来なくても、現在の高度に原油に依存した体制は根本から見直す必要があるでしょう。この問題は巨大な利権が絡んだ国際問題でもあります。しかし我々庶民は、この問題で振り回されることに自分の非力さを省みて諦めてしまうことから、断固としてノーと言うべき時代に来ているのではないでしょうか。
昨今では、代替エネルギーの研究も進んで来ています。また、古来からのエネルギーの見直しも為されるようになって来ました。個人で解決が難しい問題は、お互いの智慧を出し合うことによってなんとかするんだ、という気持ちが大事ではないでしょうか。そんなことはきれい事だ、と言っている場合ではもはやありません。
私は政治家でも研究者でもありませんので、物事を単純にしか考えられません。しかし、そのことによって見えてくることもあるかと思います。
単純に考える、ということは何も物事を軽く見る、ということではありません。むしろ、その骨幹を捉えて考察すると言ったほうがいいでしょう。専門家の方々は、その専門性の故にひょっとしたらそのことに言及される機会も少ないかもしれません。
食料とエネルギーの問題を同時に解決する方法は何か。単純に考えれば、消費するところで生産することです。これは不可能なことなのでしょうか。



食料もエネルギーです。で、エネルギー一般はつい最近までは殆どが化石燃料だったので別のものだと思われていましたが・・・。人は自分でエネルギーを作り出し得ません。そこで、植物に変換してもらう生活を何万年もその発生以来していたのですけど、つい200年ほどまえに化石燃料を蒸気機関や内燃機関で使うようになってから共生型の経済社会から収奪型の社会へ変わってしまいました。それは未来の世代に借用書だけを押し付ける仕組みになります。本来はそうした世代間の問題として見なければなりません。ただ、物質循環型で太陽エネルギーのフローを人類の文明圏へ取り入れる方法がもっとも望ましいものであることは確かです。そこへいたるか程度をどう私たちが提示していくことが出来るのかどうかです。
国富に住んでいます。もし、興味をもたれたら一度ご連濁をください。